つねに活路あり
丸山竹秋著
新世書房/¥900(税込)
新書判 320頁
私たちは生きていく上で、大なり小なり問題を抱えます。
なかには一朝一夕には解決できない問題もあるでしょう。
そんなときは、そうすればよいのでしょうか。
著者は次のように言います。
「もうダメだ」とは、人間がその時勝手に思いこんだものにすぎない。「ダメ」とは、でたらめ判断である。「ダメな時でもダメでない」と勝負を捨てない。それで勝つのである。執念深いヤツと嫌われても、恐れることはない。
執念深いとは悪い言葉のようである。しかし執念とは深く念じて動かない心のことだ。いわば不動心である。よいこと、人生に意義のあることに対して、不動の心、執念をもつことが、なぜ悪いか。つねに活路があると念じ、信じ、動かず任務を尽くそうとすることがなぜ悪いのか。それこそ、すばらしい意義のある尊いことではないのか。
活路がないと思う心が活路をつくらないのである。「ダメ」と思う心が「ダメ」をつくるのである。物をつくる時、商売をする時、家事にあたる時、芸事をする時、学問、芸術、政治その他何でも同様だ。
こうした大確信をもつに至ったのは、筆者自身が幼い時から学んできたこと、体験してきたこと、また他の人にすすめて体験してもらったことなどによる。それらをさらにこまかに、いろいろな角度からまとめたものが本書の内容である。(「まえがき」より)
問題のあるところには必ず活路がある。
そして、問題解決の糸口は必ず自分自身の中にあると著者は説いています。
だいたいのところ、悩みは自分自身のわがまま、小さなせまい考え、利己心(エゴ)などから生ずることが多い。悩みにつきあたったとき、自分自身の得手勝手な欲、または他人のことをそっちのけにした自己中心的な動き、あるいはちっぽけでせまくるしい考えなどがありはしないかとふり返ってみる。思いあたることがなくても、率直に、素直に、そうしたものがありはしないかとまわりの人に尋ねてみることだ。配偶者でも、子どもにでも、友人にでも聞いてみたらよい。かならずやよい意見が聞かれるであろう。
それだけの謙虚さがあれば、そうした悩みは解決できるものである。他人にそうした意見や批判を聞くだけの雅量をもち得ないならば、あなたはそれだけ偉ぶっているのである。それだけ自己中心なのである。だから悩むのである。(第一章「難関と前進」より)
また、悩み迷った末に決断をくだす場合、
何を根拠にし、何を拠り所にするのかについて、
以下のようにアドバイスしています。
右にするか、左にするか。決断をくだしたあとの自分のとるべき責任をまずはっきりさせると、逆にその決断が容易にくだせるものである。責任をどうとるか。あやまる。弁償をする。任をしりぞく。自分の一切を投げうって処置をまかせる。そのほか責任のとりかたはいろいろあるであろう。こうしたとき、自分の小さな利益に執着せず、赤はだかになってもよいと覚悟すると、右か左かの方向を容易に決断することができる。こうした意味でも自分自身だけの欲望にとらわれていると、決断はしにくいものである。思いきって、すべてを捨てるときに、おのずから方向はひらけてくる。
ある人は、よしと気づいたことは、そのまま行なう。今日やるべしと気づいたことは明日や明後日にぐずぐずのばさないということを徹底的にやってみた。(中略)これを朝から晩まで一年も二年もずっとつづけて「気づくと同時に行なってみた」その結果気づいたときが最良の好機で、このときがもっともよいときであり、しやすいときである。だから何ごとにも気づいたときに実行する以上によい時期はないことが実証されたのである。(第四章「油断と決断」より)
苦難と幸福は表裏一体です。
「苦難のないところに幸福はない」と言い切る著者の、
真心からの言葉が胸を打つ一冊です。
《目次より》
第一章 難関と前進
1問題点はどこだ/2悩みの種類/3失敗は天恵/4すべてはわが応援団……
第二章 知恵は無限
1先のことは分からない/2不幸な境遇を喜べ/3倫理実践が開運の鍵……
第三章 禍福は巡る
1悩みの解決/2いたる所に明暗あり/3持病に感謝する/4死ぬほどの痛み……
第四章 油断と決断
1どういうときケガをするか/2交通事故の真因/3心のたるみが事故を生む……
第五章 実践の威力
1まず姿勢を正せ/2形が先か心が先か/3使わなければ退化する……
第六章 願いと幸福
1願いをかなえる/2信念ある生活を/3幸福について……
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